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2008年10月31日

現代流「修行」のすすめ

元気が出るいい話 100選
現代流の修行のすすめ
修行という言葉は日常生活ではほとんど聞かなくなった

世の中には、いわゆる「死語」になった言葉がありますが、「修行」という言葉も今わほとんど使われなくなりました。
まだ、相撲などの伝統スポーツや仏教界では使われてはいますが、私たちの日常ではほとんど使いません。
言葉をイメージすると、山奥にこもり滝つぼで滝に打たれるようなそんなイメージが使われなくなった一因かもしれません。
しかし、わたしは、この言葉がとても好きです。誰かに強制されるのではなく、自分自身の基準で自分を鍛える、この修行という言葉はとても心に響きます。
明治維新の志士の一人、高杉晋作の父親は、晋作に対して「一生懸命修行するなら、誰でも修行しただけは自分のものとなり、自然に天性の知恵が開ける」といって教訓を残しています。
まさに、修行は具体的にいつ何のためにするというのではなく、いつか知らぬ間に自分の力に力をつけるために行い行為です。
目先に問題を解決するために努力することも必要ですが、もっと自分を成長させるために行うのが修行だと思います。


明治維新の礎を築いた 高杉晋作

修行は自分を広く大きくするために行なうものである

修行という言葉は使ってませんが、花王の丸太芳郎前会長は似たような言葉を言っています。人間は「仕事を一生懸命やっていると、動物的カンが働いてくる」そうです。
「ある段階までどうしようもない人でも、あるときパッとものすごい力を発揮する」ところがあるそうです。

ところで、その修行の内容ですが、それはなにも滝に打たれるような自分の体をいじめる必要なないと思います。毎朝おきて英単語を一つ覚えるか、駅や会社では、エレベーターを使わず階段を昇るとか、まず簡単そうなことから始めればいいと思います。ただ、一度始める以上、とことんやりぬく、それが肝心で、底が修行たるゆえんです。
皆さんも何か一つ修行をするものを持ってはいかがでしょうか。




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2008年10月30日

最善の努力がスランプ脱出につながる

スランプは時として誰にでも訪れる

私事で恐縮ですが、私は先日ようやくスランプから脱出しました。実に3ヶ月間ぐらい続いたでしょうか。その間何をやってもうまくいかず、自信を喪失するし、成績も上がらないし、泣きたくなるような気分でした。
今だから言えることですが、このままスランプから抜け出せないのでは、と思うような状態でした。
しかし、世間を見渡してみると、スランプは誰にでも訪れるようで、プロ野球の名選手もスランプで悩んでいる人は少なくありません。先日、ソフトバンク監督を引退された王貞治WBC最高顧問も選手時代に、オリックスの清原選手でも、スランプを経験しています。
そして、そこから脱出して、更なる成長をし、名選手の名を不動のものにしています。

助からないと思っても助かっている

将棋界に目を移すと、古くは大山康晴名人も、何度かスランプを経験しています。
「助からないと思っても助かっている」
この言葉は、大山名人の目からウロコを落とすのに十分だったらしく、スランプを脱出しただけでなく、その後のいろいろなピンチに出会うたびに大山名人の胸の中に浮かんでくるようになったそうです。
ある将棋の対局でも、苦しい場面になったときもこの言葉を思い出して、逆転勝ちを収めたといいます。
ところで、この言葉ですが、ちょっと聞くと、ずいぶん楽天的な言葉に聞こえませんか。
いわゆる、「何とかなるさ」とか「ケセラセラ(なるようになるさ)」と類(たぐい)に聞こえなくもないです。
しかし、その意味合いが違います。この言葉が言っているのは、苦しみながら最善の努力をしたならば、そのときはもうすでにピンチを脱出している、というのではないでしょうか。
ただ、それに気がつかないために、いつまでももがき苦しむことが多いのです。

やるべきことをやったら、あとは自己暗示が必要だ

大山名人が、スランプを脱出できたのも、この言葉を思いだし、いろいろな努力をしてきたからにほかなりません。
そして、いろいろな努力をしたあとで、この言葉のような自己暗示を自分の心にかけたような気がします。
やるべきことをやれば必ず事態は好転する。
これが、私がスランプを脱出できた一番の思いがします。

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2008年10月29日

言われなき悪口は勝手に言わせておけ

ときとして言われなきことで非難を浴びることがある

皆さんも、よく心当たりのないことで非難を浴びたり、悪口を言われたりした経験があると思います。
よく調べてもらえばそれがまったく関係のないことでも、世間というのは悪口陰口が好きな人たちがいます。
当然、精神的にも大変な痛手をこうむることになります。また、それによって、いろいろと辛いこともあるでしょう。
けれども、悪口を言われるということは、それだけ自分の存在感が大きいということを意味します。ですから、それに負けることなく、なんとしても乗り切っていかなければなりません。

正しいことをしても悪口を言われることは王道のしるし

ギリシャの哲学者アンティテネスは、プラトンが彼の悪口を言っていると噂に聞くと、「立派のことをしていながら悪い評判が立つのが王者らしいことなのだ」といったそうです。
ギリシャの詩人ピンダロスも、「悪口は、いつも優れた人に襲いかかる」と言っています。
王道を歩む限り、それを蹴落とそうとする人がいることも事実ですが、そこで、弱みを見せてしまえば、たちどころに攻撃材料になってしまうでしょう。

悪口は言わせておいて、堂々と王道を歩むべきだ

しかし、それも、王道を歩むものの宿命と思って、多少のことは耐えなければいけません。しょせん、私たちのしていることは間違っていないのですから、今までどおり堂々と進んでいけばいいのです。
そうすれば、本当のことがわかるはずです。
最後に、ダンテの言葉を皆さんに贈ります。
「お前の道を進め、人のは勝手なことを言わせておけ」



タグ:悪口
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2008年10月28日

主導権を握ったものが勝つことができる

戦うことが上手なものが必ず主導権を握る

中国の兵法書『孫子』の中には、たくさんの教えが記されていますが、その中のひとつにこの様な教えがあります。
「善く戦うものは人を致して人に致されず」
解説すると「人を致す」とは、主導権を握ることであり、「人に致される」とは、主導権を握られてしまうと言うことです。
つまり、戦うことの上手なものは、敵に主導権を与えず自分が主導権を握るものだ、といっているわけです。
本質をつく実にうまい表現だと思います。

ライバル企業との戦いに勝つには早く主導権を握ること

これに例えて、ボクシングのチャンピオンは反撃をする隙を与えないまま自分のペースで戦いますし、自分の距離をしっかりとって試合を進めます。
他のスポーツでも競技でも強い人は、結局皆、「自分の土俵で相撲取る」ことができるのです。
逆に、弱い人、敗れる人は、終わった後で、「自分の思うような力が出せなかった」と嘆きます。
この様に主導権をいかに取るかが勝負のカギを握るのです。企業においてもこの様な主導権争いが繰り広げられます。
新製品の開発の主導権を握れば、次々と新製品を送り出し、価格を決定していくことができます。後れを取ればすべて後手後手に回り、業界トップの座を奪うことは至難の業になります。

取引先、得意先相手でも主導権を握れば有利にことが運ぶ

取引先との商談、セールスの交渉の場でも、この教えはとても重要です。
営業の経験がある人なら分かると思いますが、なぜか苦手な取引先、得意先というのがあります。そういう取引先との商談は必ずライバルのペースで進んでいくことが多いものです。
皆さんもそんな経験をお持ちではないでしょうか。
はっきり言って、こうなっては負けたも同然。逆に言えば、主導権の握れば勝ったも同然わけです。
したがって、私たちもいろいろなシーンで主導権を相手に渡さず、奪い取るように先手を常に考えなければならないと思います。

安い快適楽天BB
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2008年10月27日

この世に新しいものなどない

新商品開発は企業にとって重要なテーマである

どこの企業でも新しい商品の開発やサービスの提供を考えることは重要なテーマです。
しかし、常に思うのは、新商品とはいったいどういうものを言うのでしょうか。もちろん、これまでの市場になかったものを言うのでしょうが、外観や素材やネーミングの新しさを取り払い、機能性のみを見比べると、果たして本当の新商品というものがどれだけあるのでしょうか。
聖書の言葉に、「日の下に新しきものなし」というものがありますが、一面の真理をついていると思います。

まったく新しいものはビジネスにとって必要なし

ビジネスにおいては、まったく新しいものが重要なのではなく、ニーズにかなったもの、つまり、売れるものを開発することが大切なわけです。そのところが学界での研究と異なるところです。
したがって、ビジネスにおける新商品とは、昔からあるものでよいわけで、要するに、それをいかに新鮮に斬新にみせるか、すなわち付加価値をつけることが重要なのです。

永く忘れていたものほど新しいものはない

アメリカの思想家ソローは、「物は変わらぬ、われわれが変えるのだ」といっています。
では、どうやって変えるのか、そこが問題です。
そのやり方はシンプルに「加えてみる」「小さくしてみる、大きくしてみる」「ひっくり返してみる」などといった視点の変化も重要に思います。
新しい商品の開発に関して、「温故知新」は重要なキーワードとなることは間違いありません。過去の歴史で使われていたもの、喜ばれていたもの、そして、消えていってしまったのも、そんなものに焦点を当ててみてがいかがでしょうか。
ドイツのことわざに、「永く忘れていたものほど新しいものはない」といっています。



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2008年10月26日

問題がすぐれた発想を生む

「目のつけどころがよい」人がいる

世の中には非常に「眼のつけどころがよい」人がよくいます。同じように見えても、着眼点が凡人とは全然違うのです。
私のような凡人には「見れども見えず、聞けども聞こえず」のくちで、せっかく情報を見落としたり、聞き落としたりしてしまうものです。
この差はいったいどこからくるのでしょうか。

着眼点の差が発想の違いを左右する

江戸時代、朱印船で巨利を得た角倉了以(すみのくらりょうい)は、貿易の次に河川の開発事業に進出しましたが、そのきっかけは、旅先で見た一艘の高瀬舟でした。
地元京都の保津川を水路にすれば大量の荷物を運ぶことがでくるが、その工事には多くの資金が必要でした。
ところが、舟艇が平らな高瀬舟をみた了以は、「この船なら川は浅くてもよい。それなら工事の資金は少なくてすむ」と考え、工事に着手しました。
つまり、船を通すためには川底を深くしなくてはいけないと誰もが考えてしまい手が出せずにいたのですが、了以は平らな船底の船を見たことで、川底を深くしなくてもよいと考えたわけです。
この逆転の発想こそが了以の着眼点のよさ、違いなのです。
まさに「眼のつけどころがよい」ということなのです。

日常の問題意識の有無が着眼点の違いを生む

アメリカのドレクスラーという経営者は、ある日、フロッピー・ディスクの打ち出し工程を眺めながら、「あの余った部分を利用できないだろうか」と考えました。
つまり、四角いシートから円形に打ち出すわけですが、周囲にはみ出したシートが残ります。
ドレクスラーがこのひらめきをもとに「レーザーカード」を発明したことは、有名です。
ドレクスラーも「目のつけどころがよい」人ですが、了以にしてもドレクスラーにしても、共通して言えるのは「問題意識」だと思います。
どちらも問題意識と着眼点の差が、凡人との差になるのだと思います。


posted by 元気が出るいい話 記録の細道 at 09:47| Comment(0) | マンネリから脱却するいい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月25日

よい企業とよくない企業の差とは

南極で明暗を分けたアムンゼンとスコット

誰もがよく知っている南極点に到達して有名をはせたアムンゼン。南極点に到達しながら、屈辱の“二番目”になってしまい、さらに氷上で命を絶ってしまったスコット。
二人を比較して、「アムンゼンは運がよかった」とか「スコットはかわいそうだ」とか言う人がいます。しかし、わたしは、このどちらの感想にも反対です。

同じゴールを目指しても到達できる人とできない人がいる

理由は、アムンゼンとスコットとの間には、ビジネスの観点から見ると、大きな違いがあるからです。その違いは、よい会社とよくない会社との違いのようです。

よい会社とよくない会社とでは事前の準備が異なる。

まず二人は、探検に臨む姿勢がまったく異なっていたのです。アムンゼンは酷寒の南極探検に備えてスキーやランニングをして体力づくりをしていましたが、スコットはもともと海軍の提督志望であり、探検家になることなど考えていません。
さらに、アムンゼンは、隊員たちに指揮権の委譲をして、「やる気」を起こさせる事につとめました。これはビジネスの権限委譲というやつです。
一方、スコットはイギリス海軍の将校らしく、海軍式階級制度を用いました。

決定的な戦術の差

そして、決定的な差は「戦術」でした。アムンゼンは荷物を引っ張るのに寒さに強い犬を使いましたが、スコットは寒さに弱い馬を使ったのです。寒さの強さを考えれば犬のほうが圧倒的に強いのです。
わたしは、日本の越冬隊の映画「南極物語」で犬の強さを知りましたが、いまは、誰もがその事実をご存知ではないでしょうか。
この、戦術の差が二人の明暗を分けたと思うのですが、あなたはどう思いますか?


posted by 元気が出るいい話 記録の細道 at 18:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月24日

否定的な言葉に耳を貸すな!!

何かを始めようとするとき、否定的な発言に耳を貸すな!!
(バラエティ・ストアの祖ウールワースの言葉)


新しいことを前にすると、誰でも失敗への不安が生じる

新しい仕事に挑戦し、それを成功させていくことで、会社も発展していくわけですが、この新しい仕事を前にすると、まだ何もしていないうちから、「失敗するんじゃないか」「失敗したらどうしよう」とか、失敗のことばかり考えてしまう人がいます。
たしかに、新しい仕事を始めるにあたっては、当然、誰でも不安にかられます。それは、仕事に対する責任感を強く持っている人、その仕事に精通している人ほど不安を抱き、慎重になる過ぎるのです。
そこで、失敗を防ぐために、いろいろなシュミレーションを行い、万全を期すのですが、それでも不安を取り除くことはできません。
実は、この時点ですでにこの仕事は失敗に終わる確率が高いのです。
なぜなら、マイナス思考でスタートすることがそもそも間違いなのです。

失敗を恐れてマイナス思考になってはいけない

さて、ここでプロ野球の話ですが、福岡ドームがオープンたばかりのころ、当時の長島監督が率いた読売ジャイアンツと横浜ベイスターズが対戦しました。野球ファンならご存知のように、福岡ドームは両翼100メートル、中堅122メートルと大変広い球場です。
untitled.bmp

ちなみに、この両球団のホームスタジアムはどちらも狭い球場を使っていました。
福岡ドームのように広い球場では、ホームランは出にくいものの、ボールが外野手の頭を超えれば文句なく長打になります。したがって、外野手には相当なプレッシャーがかかります。
もし、皆さんが外野手だったらどうしますか?
脚に自信のある選手なら浅く守るかもしれませんが、そうでない人は、ボールを後ろにそらさないように、深く守るのではないでしょうか。
さて、結果はどうだったか?
ジャイアンツは外野手が深く守ったため、ふらりと上がったなんでもない打球が三度ともタイムリーになり、逆に浅く守ったベイスターズがジャイアンツを破りました。
試合後、長島監督はうめくように言ったそうです「ん〜、守備が深すぎたなぁ」と・・・。
長島監督に怒られるのを恐れたのか、失敗をおそたのか消極的な守備をした時点でジャイアンツが負けていたのかもしません。

あまり考えすぎずに、勇気を持ってチャレンジしたい

最後に、ウィークリーマンションで有名な(ネコ好きでも有名ですね)ツカサ建物管理の川又社長の言葉を紹介して終わりたいと思います。

「物事を難しく考えると、失敗する可能性が高い。だから、とにかくやってみる。失敗したって、たかが失敗じゃないか」

では、また明日。

楽天BB
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2008年10月23日

危機管理。万が一の対応策を考えよ。

昨日は、首都圏でとても熱い戦いがありました。
サッカーのAFCアジアチャンピオンズリーグ準決勝でガンバ大阪が浦和レッズを3−1で下しAFCCL決勝戦進出、プロ野球では埼玉西武ライオンズがCSシリーズで日本ハムファイターズを破り、日本シリーズの出場権を獲得しました。
セリーグのCSシリーズは、中日ドラゴンズが先勝し一勝一敗の五分になりました。
さて、中日に敗れた読売ジャイアンツですが、球団創設以来「常勝」つまり常に勝つことを宿命づけられています。

ビジネスは常に勝たなくてはいけない

ビジネスの世界では常に勝たなくてはいけません。結果的には負けることもありますが、はじめから負ける覚悟で戦うことはないのです。
野球でいう「捨てゲーム」というものはないのです。
では、失敗が許されないとしてら、どんな戦い方がよいのか。当然のことながら、まず第一には、基本に忠実な堅実的な戦い方が望まれると思います。そして、次に必要なのが、万が一失敗したときの対応策を用意しておくことです。いわゆる「危機管理」というものです。

「常勝」のためには堅実な戦い方が望まれる

かつて、西武ライオンズの監督をつとめた森監督は、日本一に「あと一人」というときになっても、万が一を考えていました。
どういうことかというと、試合は得点差がかなりあり、ペンチの選手全員がグランドに飛び出そうかとしているのに、森監督はリリーフ投手を用意していたのです。
誰の目にもライオンズの勝利疑いなしの場面でしたが、最後の最後まで万が一を考えておいたわけです。

万が一の失敗に備えて、対応策を用意する

中国、『韓非子』の中で、カクシャクという人物が彫刻の心得について語っているところがありますが、これもまた万が一の失敗を考えた話としてとても有名です。
彫刻をするときは
「鼻は大きいほどよく、目は小さいほどよい」そうです。なぜなら、「大きすぎる鼻は小さくできるが、小さすぎる鼻は大きくできない。また、小さすぎる目は大きくできるが、大きすぎる目は小さくできない」
この心得は、私たちの仕事にも生かせる心得だと思います。常にトップにたつためには、万が一に備えた危機管理がとても大切だと思います。
posted by 元気が出るいい話 記録の細道 at 08:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月22日

ロングセラーを続ける商品の秘密は?

ロングセラーを誇る商品はいくつもあります

企業が生き残る為には、新商品の開発は絶対に必要です。しかし、その一方で延々とロングセラーを続けている商品がいくつもあります。
そういったロングセラー商品には、新商品とは逆に、変らない事、ユーザーを裏切らない事、そして、安心して使えることがとても重要になってきます。
何年か前、あるメーカーが行なったトマトケチャップのモデルチェンジは、かえって売上を減らしたということがありました。
その原因は、容器とロゴがかわってしまい、一般のユーザーが違う会社の商品と勘違いをした、というのが原因だったそうです。
定番の商品を変えるというのは如何に難しいかを物語っています。

ロングセラー商品を変えるのは非常に難しい

しかし、如何にロングセラーを続けてはいるといっても、売上がダウンしてくれば、企業として何らかの手を打っておかなければいけません。
でも、下手な変化は、例をあげたように失敗に繋がります。
では、どうすればいいのでしょうか。

ほどほどの変化がロングセラー商品になる

ケチャップついでに、もうひとつ。
マクドナルドのハンバーガーにつけるケチャップは毎年、味を変えているという話です。しかし、その味の変化は表面上は変化はないが目に見えないところでしっかりと変化させ、その変化は5年先まで決まっているそうです。
その理由は、「日本人は同じものを毎年食べない」という深い読みがあります。5年先までという、その用意周到さにはつくづく感心させられます。

急激な変化は見せない、ほどほどである

しかし、ロングセラー商品はどれも、変らないとはいいながら、よくよく見ると、少しづつ変化しているのですが、その変化は急激ではない為、ユーザーはその変化に気がつかないことが多いのです。
また、どのロングセラー商品にも共通しているのが、どれも、飽きがこないということです。

「ほどほどのものは長続きする」

これは、ローマの哲学者セネカの言葉ですが、その通りだと思います。
以上のことから、ロングセラーを続ける商品の秘密は「急激な変化を見せない」「ほどほどである」といえるのではないでしょうか。
皆さんはどうお考えでしょうか?


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2008年10月21日

ピンチはあなたの眠っている能力を引き出す

必要は発明の母

ヨーロッパのことわざに「必要に迫られないと物はわが身を知らない」というものがあります。似たような言葉に、「必要は発明の母」「火事場の馬鹿力」は結構有名です。人間には自分の知らない力が隠されているといいます。科学的には人は自分の脳の3割ぐらいしか使っていないという話もよく耳にします。
いわゆる「潜在能力」というものです。
いま、この能力を引き出すためのいろいろな道具を使ったり、セミナーを受けたする人も多くお金も相当掛かる、と聞きます。

潜在能力はピンチのときほど発揮しやすい

ですが、そんなにお金をかけなくても人間は必要に迫られれば自然に能力を発揮できるのだ、というのが、今紹介したことわざです。
それも、ピンチになればなるほど、潜在能力を発揮できる可能性は高くなるのだと思います。
ちなみ、人間はピンチになると手のひらに汗をかいますが、これはいつ頃からそうなったかご存知ですか?
実は原始時代にまでさかのぼります。その時代、人間は野や山で獣にであることがよくありました。
出会うのがうさぎやしかのようなおとなしい獣ならいいのですが、熊やはたまた恐竜であればとにかく逃げるのが先決になります。
さて、どこへ逃げるか?
そうです、スピードで劣る人間は、木に登ったのです。そのため、滑らないように手に唾をつけて滑らないようにしていました。
今でも、力仕事をするときに手に唾をつけるしぐさをしている人がいますが、それは当時、原始時代の習慣をしっかりDNAが受け継いでいるのです。

ピンチを嘆くより能力を発揮するチャンスと思うべし

原始時代の人間は、ピンチのたびに手のひらに唾を吹き掛けているちに、ある日、自然に手のひらから汗が出てくるようになりました。それ以来、人間はピンチという緊張状態になると手のひらに汗をかくようになったわけですが、これなども、人間が本来持っている能力がピンチの中で発揮されたひとつの例だと思います。
いまもし、ピンチの中に身をおいているのであれば、嘆くより、むしろ、能力発揮のチャンスと思ってとことん自分を追いつめてみてはいかがでしょうか。
それは、とても苦しいことかもしれませんが、そうすることによって、平穏なときでは考えられなかった潜在能力が目を覚まし、ひとまわりもふたまわりも大きく成長するのだと思います。

あの徳川家康はみっともない姿を自らさらした。

余談ですが、あの有名な徳川家康も、武田信玄の猛攻に敗れ、脱糞しながら命からがら逃げ帰ったとき、家康は絵師を呼んで、そのみっともない姿を自ら描かせたと聞きます。彼は、ピンチになる度にその絵をみて、自らの戒めとして能力を発揮の手段としてのです。
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2008年10月20日

天才と呼ばれる人は努力で生まれる

天才と努力を指摘した言葉はたくさんある

天才と努力の関係した言葉は、あのエジソンのものが有名ですが、あの言葉はエジソンの独占物ではなく、他にも同じようなことをいった人がいました。
十八世紀のフランスの博物学者ビュフォンは、「天才とは長い忍耐である」といい、ロシアの作家チューホフも、「天才とは努力である」とストレートに言いいました。
結局、何かひとつ秀でた人は必ずどこかで努力してきたので、その結果、皆、共通した言葉が残るのかもしれません。

ビックマンたちは皆、人の目に見えないところで努力しているもの

現代の実業界にも、努力をとても強調する人がたくさんいますが、アメリカのダンデム・コンピューターズの設立者トレイビックはエジソンと似たことを言っているのをご存知でしょうか。
トレイビックは、会社の経営についてこういいました。
「経営は2%の信念と98%のハードワークである」
エジソンとは1%だけ違いはあるものの、アメリカンドリームをトビウオ.jpg達成者として有名なトレイビックもまた、人には言えない苦労と努力を続けていたのです。
この様に、ビックマンたちはみな、目には見えない、水面下で人知れず努力しているわけです。
最後に、本当に水面下で努力している“もの”の話をします。

動物もまた人知れず努力している。

主人公は人間ではなく、トビウオです。
トビウオは普通でも100メートルから200メートルは飛びますが、うまく風に乗ると400メートル以上も飛ぶそうです。飛んでいる姿はとても気持ちがよさそうに見えますね。
しかし、トビウオからしてみれば、水面に飛び出るまで、まさに「水面下」ですが、飛び上がるまでになんと、時速70キロで助走しなければなりません。相当な体力が必要なのです。
トビウオは名前のとおり飛ぶ魚ですが、もし言葉が話せたらきっと、「天才は努力である」というかもしれませんね。



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2008年10月19日

失敗の教訓から学ぶ人は成功する

成功者は失敗してもそこから何かを学ぶ

ビジネスマンは仕事をしている以上、多かれ少なかれ何らかの失敗をしているものです。世界中の成功者でも偉人でも必ずといっていいほど多くの失敗をしています。
その時点では、ビックマン(成功者)と私のような凡人との間でもそれほどの差はありません。
では、どこからその差が出てくるのでしょうか?
言うまでもないことですが、同じ失敗をしても、彼らはその中から必ず何かを学び取り、二度と同じ失敗を繰る返さないようにしています。
ところが、残念なことに、凡人は、失敗したことがショックで、ただ打ちひしがれ、なかには、開き直ってふてくされたり、だれかれとなく当り散らしたりして、結局、また同じ失敗を繰り返すのです。

失敗したことを忘れないひとは後に成功する



失敗から何かを学ぶかどうかが、ビックマンになれるかどうかの分かれ道ではないでしょうか。
中国の歴史書「史記」の中に、「前事(ぜんじ)の忘れざれは後事(こうじ)の師」という言葉が出てきます。その意味は、「前にあったことをよくおぼえておけば、後で参考になる」ということです。
当たり前といえば、当たり前のことですが、この当たり前のことがなかなかできません。「前事」の中には成功したときのことと失敗したときのことが含まれていますが、人間は成功したときのことはよく覚えていますが、失敗したことは忘れがちです。
したがって、「前事」を失敗と解釈する人が、成功を納めるような気がします。

失敗しても次に役立つものを得なければならない

アメリカのバラエティストアの祖といわれる実業家のウールワースは、二十七歳のときに満を持してバラエティストアの一号店を開店させます。ところが、店の運営に失敗してしまいます。それでも、ウールワースは何とか苦労しながらも一年に一店舗ずつオープンさせますが、10年の間というのは、苦労の連続でした。
しかし、彼は、その10年間の間に、近代小売業のマーチャンダイジングに関するあらゆるシュミレーションを行っていたのです。つまり、一号店の失敗の原因が立地条件にあると見た彼は、場所を変えて二号店を出すことなどをおこなっていました。
このシュミレーションを繰り返しながら彼は、「出店するには大都会の中心地ほど有利である」という従来のセオリーに見切りをつけ、「中小都市でも需要は質的に変わらない」という信念をもち、中小都市に狙いをつけて出店を進めていき、のちに大成功を収めるにいたりました。
私たちも、失敗に落ち込んだり、ふてくされたりする時間があったら、失敗の教訓に学び取る努力をしたいと思います。


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2008年10月18日

成功に導く観察力とはどういうものか

自分では見ているつもりでも見落としていることがある

先日、こんなことがありました。いつも通勤で歩いている自宅から駅までの道で、いつものように歩いていると、後ろから追いかけてきた近所のご主人と歩きながら、世間話をしていたのですが、そのご主人がふと、途中の林を指さして、「今年も藤の花が咲きましたね」と言ったのです。
その指さす方向をみますと、確かに林の中に薄紫色の藤の花が咲いていました。聞けば、毎年この時期になると見事に咲く藤の花を楽しみにしているとのことでした。
そのご主人は私より後に引っ越してきたのですから、あの通勤路に関しては私のほうが長いのですが、私は何年も間、まったく気がついていなかったのです。
それこそ、駅までの通勤路は目をつむっても歩けるほど知っていたはずなのですが、私はこの事実に愕然としてしまいました。

観察とは見たものの本質を頭のどこかにとどめること

こういうことはビジネスでも起こることです。自分では見てきたこと、あるいは毎日のように見ていることなのに肝心のところを見落としいることはよくあることです。
案外、ベテランになればなるほど、見落としていることもあるかもしれません。
商売のネタは、日常の観察によって見つけることが出来る、とよく言われますが、そういう意味では私は自分自身の観察力に自信を失いました。もう一度観察とはどういう意味かを考え直す必要があると思っています。

ビジネスを成功に導きのは、精密な観察である。

いくら見ているとはいっても、それを頭に焼きこめなかったり、心に残すことが出来なかったりするのは観察ではないような気がします。それは、ただ眺めているだけにすぎないのです。
目は物事の本質を自分なりにきちんと整理して頭にとどめることが出来なければ観察とはいえないのではないでしょうか。
最後に、イギリスの哲学者スペンサーのの言葉を紹介します。
精密な観察はあらゆる成功のもとである
今の私にとっては、とても心に響く言葉です。


今の時代に絶対に必要な複収入源


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2008年10月17日

ピンチはチャンス機転で乗り切れ!

誰でもピンチに立たされることがある

今日は、発想法や企画力に関連して、中国の有名な『三国志』の中にある藁(わら)にまつわる話を二つしてみたいと思います。
呉の国に単身乗り込んだ諸葛孔明は、呉に提督、周に命を狙われます。周提督に捕らわれた孔明は、三日のうちに10万本の矢を用意することを強引に約束させられます。もちろん、それが出来なかったら打ち首になります。
さて、孔明はどのような手段で10万本の矢を調達したのでしょうか。
これは、三国志の中でも特に有名な話なのでご存知の方も多いと思いますが、孔明はたくさんの小船をようして、藁人形を数体に分けて小船に乗せました。
そして、霧の深い夜を狙って、曹操の軍に近寄りました。曹操は当然、呉の国の攻撃を思い、すぐさま反撃を仕掛けます。霧深い中で、藁人形を人と勘違いした曹操の軍は一斉に、藁人形に向かって雨のように矢を打ち込みました。
孔明は頃合を見計らって、引き上げ、まんまと10万本の矢をせしめました。

先人たちは、ピンチをチャンスに変える機転をはたらかせた

もうひとつ、コレも藁にまつわる話ですが、舞台は長崎に移ります。
当時、長崎はポルトガル船が交易の再開を求めて来航していましたが、幕府は警備に当たっていた鍋島家と黒田家にポルトガル船の[焼き討ち]を命じたのです。
焼き討ちには膨大な焼き草が必要になりますが、黒田家は長崎から遠い福岡に居城をもつため、焼き草の調達に相当の時間がかかりそうでした。
あわてる藩主に、黒田家に出入りしていた御用商人の大賀宗伯が藩主に対して[殿おまかせください。この大賀が必ずは焼き草を調達いたします]と大見得を切ったのです。
さて、大賀宗伯はどのような方法で大量の焼き草を調達したのでしょうか。
ちなみに、この時期、長崎の焼き草はすべて鍋島家に徴収されています。

ピンチを切り抜ける力を養いたい

この問題のキーワードはやはり[藁]です。
焼き草としての藁は長崎にはありません。そこで、大賀は藁屋、つまり藁ぶきの家に目を付けました。大賀はこれを片っ端から買い取りました。そして、その藁を黒田家に差し出したというわけです。
そののち、大賀は黒田家の御用商人としての地位を長きに渡り確立しました。
私たちもこの様にピンチをチャンスに変える機転を図らせたいものです。




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2008年10月16日

実践を伴わない知識は本物ではない!

情報社会の中では実践をともなわない知識がはびこる。

現代はインターネットなどが日常的に普及し、広範囲な知識が簡単に手に入るようになりました。しかし、その一方でいろいろな問題も出てきています。いわゆる情報過多により頭でっかちの人間が育つ恐れも出てきています。
実践を伴わない知識で物事を判断することは、犯罪に巻き込まれたり大きな損害を被ったりする危険があるわけですが、それをいち早く指摘した人物がいます。
陽明学を樹立した王陽明は、その著『伝習録』の中で、人はすべからく事上にあって磨くべし」といっています。
これはいまでいうOJTのようなもんで、毎日の仕事を通じて自分を磨いていかなければ、本当の知識は身につかないというわけです。
オランダの画家レンブランドは、あるとき「どう描いたらいい?」という質問を受け、「絵筆を取ってはじめなさい」と答えたそうです。
このエピソードもまた、実践の重要性を指摘しています。

実践をともなわない知識は役に立たない。

つまり、どう描くかという情報を無数に集めてから描き出しても、けっしていいものは描けません。それよりも、まず、絵筆をもって描き出してみることのほうが、はるかに大切だというわけです。
現代でも、パソコンを覚えようとするなら、最初からマニュアルを読み込むより、とにかくキーボードを叩いたほうがどんどん上達してしまうことがあります。

怪しい知識がないかチェックしてみよう。

いま、情報化社会の中にあっては、実践のともなった知識こそ本当に役に立つ知識のように思うのですが、そういう意味で、自分の知識の中に怪しいものはないかチェックしてみて欲しいのです。
本やネットからの受け売り、人からの伝聞など、およそ自分の身についていない知識がまるで自分の体験に基づく知識のごとく披瀝していないでしょうか。
この機会にもう一度、じっくりと自分の知識を見つめなおしてみてはどうでしょう。



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2008年10月15日

朝の時間には、黄金が充満している

タイム・イズ・マネー『時は金なり』

よく言われる言葉ですが、ビジネスマンが大切にする金言に「タイム・イズ・マネー」すなわち「時は金なり」という言葉をよく言います。皆さんもこの言葉を座右に名にされている人も多いと思います。
実は、この言葉がいつの時代に生まれたのかはよく分かっていないそうです。
古くは、古代ギリシャの哲学者ディオゲネスが、「時は人間が費消しうるものの中でもっとも貴重である」といっています。
いずれにしろ、時間が貴重であることは確かなことですが、特に現代人にとっては一分一秒でも惜しいときがあります。

時間がないという人が多いですが、時間は工夫次第でつくれるもの

皆さんも、出来れば余暇の時間を使って、何か自己啓発をしてみたいと常々考えている方も多いと思いますが、現実には、仕事と家庭サービスに追われて、とても自分の時間を持てないのではないでしょうか。
ところが、世の中には、はるかに多忙なのに、しっかりと時間を作ってしまう人がいます。
いろいろ資格を60近くももつ、イカリ消毒グループの黒澤真次専務は、多忙な仕事をこなしながら、英会話や書道や、果ては飛行機の操縦まで、次々とものにしているのです。
どうしてそんな時間がつくれるのか。

一日を四分割して早朝時間帯を自己啓発に当てる

その秘密は、黒澤専務の考えた「一日四分割法」にあったのです。つまり、一日を朝、昼、夜の三分割ではなく、朝の前に「早朝」を設け、四分割にするわけです。そして、この早朝の一、二時間を自己啓発の時間に当てるのです。
まさに、「朝飯前」のことですが、いざやるとなると、大変な努力が必要だと思います。
しかし、本当に何かをやろうと思うなら、このくらいのことはしなければいけないと、最近は、私も思うようになりました。
ドイツの諺に「朝の時間には、黄金が充満している」という言葉がありますが、そのとおりだと思います。
早朝の時間を大切に使ってみるのはいかがでしょうか。


平日1〜2時間時間が作れる方必見!


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2008年10月14日

逆転の発想はいつの時代も望まれる

いつの世も逆転の発想は望まれる

真新しい言葉ではないですが、「逆転の発想」というのはいつの時代も大事なように思います。
とくに、業績が低迷したり成績が悪かったりしたときは、何か新しい展開が望まれます。こういったときに逆転の発想が必要です。
そこで、今日は、逆転の発想をいくつが例をとって紹介します。
まず、皆さんもよく利用していると思いますが、ファーストフードです。ファーストフードといえば、早いが取り柄です。したがってあらかじめ調理されたものを温めたりすることで簡単にできます。当時のファーストフードはそのようなやり方でした。ところが、コレに反して、客の注文を聴いてから作るという、およそファーストフードの考えとは相容れないやり方で成功した人がいました。それは、ご存知「ウェンディーズ」の創業者ウェンディー・トーマスです。トーマスはよりおいしいハンバーガーを売るにはオーダーメイドが必要であり、そうすればファーストフードの店でもお客は必ず来てくれる、と考えました。
ファーストフードでありながら手間をかけるという、見事の逆転の発想です。
このやり方は、今のほとんどのファーストフード店では当たり前になりました。

逆転の発想は日本にも古くからありました

江戸時代、徳川家康の幕臣だった土井利勝は、密議の時に必ず、千畳敷の真ん中で、ふすまの障子もない所で行ったといいます。当時の密議といえば数奇屋で行われていましたから、利勝のやり方は異例中の異例でした。しかし、このやり方によってかえって秘密は漏れなかったそうです。
秘密会議とか重要な会議とかいうと、会議室に閉じこもりがちですが、そうやっても情報は盗聴されたりするものですが、利勝のやり方のように、周りが見渡せる広い場所の中央で会議を開かれては、なかなか近寄ることが出来ません。これまた、優れた逆転の発想です。
この土井勝利は、家康、秀忠、家光と徳川三代にわたって長く使えた幕臣でした。

何か問題があるときは逆転の発想が必要だ

最後に、『菜根譚(さいこんたん)』の教えです。「人生、一分を減省せば、すなわち一分を超脱す」という言葉があります。
意味は、人生何事につけ減らすことを考えれば、俗世間から抜け出せる、というものです。
とかく、私たちは、増やすことばかりを考えがちですが、減らすことが結局得をすることにつながることです。これもまた、逆転の発想だと思います。


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2008年10月10日

時には他人の力を利用することもある

人間は完璧ではない

皆さんは、「他人の褌(ふんどし)で相撲を取る」という言葉があります。ご存知でしょうか。
その意味は、人のものを利用することです。
もうひとつは、「トラの威を借りる狐」という言葉もあります。こちらは、他人の権勢をかさに着て威張る小さな人間の事を指します。
この二つの言葉は、意味が違いますが、どちらも他人の力を利用することを非難したものです。
つまり、自分の力で勝負するのではなく、他人の力を借りて勝負しようとするものです。
たしかに、このやり方は「ずるい」感じを与えます。
しかし、ここでちょっと考えて欲しいのです。誰でも完璧と言える人はいません。そこで、より難しいことをやり遂げるとなると、どうしても自分にない力を持った人の手助けが必要になります。
それを利用するというからずるく感じるかもしれませんが、謙虚に「助けてもらう」のであれば、大いに行うべきではないでしょうか。私はコレもまた柔軟な発想のひとつだと思います。

他人の力を利用することは昔も行われていた。

中国の古い話にこういうものがあります。

ある男が自分の馬を売ろうと三日の間、町の市場で馬を売ろうとしましたが、誰も自分の馬を見てはくれません。そこで、馬売りの伯楽にこう頼み込んだのです。
「私の馬の周りを一回りして、帰り際にもう一度振り返ってください」そうして、伯楽が言われたとおりにすると、なんと、馬の値段は男が考えていた値段の10倍の値がついたそうです。
この話は、千里の馬と伯楽の関係を利用してものです。男は伯楽の「信用」を利用したことになります。この様に他人の信用を利用することはビジネスの社会でもよくある話です。
浅野コンツェルンの祖、浅野総一郎は、旧大蔵省から船舶の払い下げられたのですが、その船は「横揺れがして危険な船だ。乗らないほうがいい」という噂を立てられ、放っておけば誰も乗ってくれない厄介者の船でした。
そこで、総一郎は、当時の銀行王・安田善次郎の信用を利用することにしたのです。つまり、あの用心深い安田善次郎が乗れば、一般の客は安心して乗船すだろう、というわけです。総一郎の招待に善次郎が喜んで応じ、作戦はまんまと成功したことは言うもでもありません。

マンネリから脱却するためには柔軟は発想が必要だ。

こうした人の力を利用することによって、商売をすることは今も昔も変わりません。それは、けっして後ろめたいことではないのです。今でも、推薦状や花輪など、いろいろな形を変えながら、現代社会では他人の信用をフルに利用されています。
自分にあるいは自社にまだ社会的な信用がない場合には、強引に突き進むより、この様に他人の社会的信用を使わせてもらうのも、マンネリを脱却のためのよい方策だと思うのです。


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posted by 元気が出るいい話 記録の細道 at 08:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月09日

固定観念に凝り固まってはいまいか

人は誰でも知らぬ間に固定観念を持つようになる

みなさん、突然ですが「プロクラステスのペット」という言葉をご存知でしょうか。プロクラステスは古代ギリシャの伝説の妖怪です。この妖怪は、旅人を自分の住処におびき寄せ、特殊なベットに横たえさます。そして、そのベットの寸法と比べて、背丈が短ければ引き伸ばしてしまい、逆に背丈が長ければ頭や足を切り落とすという残忍なことを繰り返していました。
しかし、最後は、英雄のテセウスによって同じ方法で成敗されました。
この伝説から、ある絶対的基準を設定して、それによってあらゆることを画一的に判断することを「プロクラステスのベット」ということになりました。
要するに「型にはめる」ということであり、固定観念が強い事を指しているのです。

固定観念というものは怖いものです

このプロクラテスのベットは、今の世の中には多く存在しています。かく言う私も知らず知らずのうちに固定観念に凝り固まり、柔軟な発想が出来にくくなっていることを実感している一人ですが、次の二つは型にはまらなかった人の話です。

固定観念にこだわらずいろいろな疑問をもち、柔軟な発想を持て

まず一人目は、あの有名なアレキサンダー大王です。アレキサンダーがアジアの小さなある都市を陥落させ、都市の神殿を訪れたとき、神輿のながえに複雑な結び目がついていたのです。そして、底にはこう書かれていました。
「これを解いたものはアジアの王になれるであろう」という神託がついていたのです。
さあ、皆さんだったらどうするでしょうか?根気よく結び目を解くところから始めますか?
それとも何か他の事から始めますか?
アレキサンダーはしばらく結び目を調べていましたが、やがて、突然剣を抜いて結び目を切り落としてしまいました。まさに一刀両断です。あっという間に問題を解決してしまったのです。
もう一人は、時代がぐっと下がって現代の話ですが、何年か前にトマト銀行の名で話題を呼んだ銀行の吉田社長は、あるときこんなことを言っています。
「壱万円札と千円札を見比べると、千円札には壱という数字がついていない。私は三十数年間、銀行員をしているが、このことに気がついたのは数年前のことである」と。
そこで、吉田社長は、その理由を知りたくて日本銀行に調べてもらったところ、それは慣行ということでした。吉田社長は、そのあとで、「固定観念というものは恐ろしいものだ」と言ったそうです。
こういう疑問を持てる人だからこそ、ああいうユニークな社名が出てくるのだと思います。その後、皆さんもご存知だとおもいますが、銀行名もとてもユニークな発想のものが多くなりました。
私も固定観念にとらわれることなく、日常の観察力を養い、いろいろな疑問を持つようにしたいと思います。


好きなことをしてリッチになる方法
posted by 元気が出るいい話 記録の細道 at 09:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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