口臭予防総合トップトップページ新着情報20世紀の出来事メタボリック

2009年09月29日

失敗は仕事の質と量に関係する

元気が出るいい話100選

失敗しない人は、けっして富を築けない

言うまでもなく、仕事をすれば誰でも失敗することがあります。その失敗は、仕事の質と量に関係するので、仕事のできる人ほど失敗が多いということが言えるのかもしれません。
富を築く人物は精力的に仕事をこなすので、失敗が多くなるのは当然といえば当然かもしれません。

成功者はいろいろな仕事をするので失敗も多くなる

浅野セメントで有名な浅野財閥の祖、浅野総一郎もその一人で、いつも失敗を重ねていました。

医者の家に生まれた総一郎でしたが、医学の勉強はしたものの、どうしても自分の性格になじむことができませんでした。そして、総一郎が15歳のときから商売を始めたのです。その商売とは、織機(しょっき)業、醤油の製造、稲扱(いねこき)機の販売などでしたが、そのすべてが失敗してしまったのです。
その後、18歳のとき、総一郎はある豪農の家の養子となり、そこから調達したお金を元手に、今度は産物会社を立ち上げます。
しかし、結果はまた失敗、とうとう、20歳の時には豪農を追い出されてしまう始末でした。
それでも、事業意欲の旺盛な総一郎は、その後もいろいろな事業を手がけますが、ことごとく失敗を重ねるばかりでした。
この様にこの先“事業の鬼”と呼ばれることになる浅野総一郎でさえ、若い頃はいくつもの失敗を繰り返していました。

成功は失敗を繰り返した、その先にある

彼は、その後財閥と呼ばれるほどの富を築くわけですが、まさに、紹介したことわざの言うように、失敗は富を築く条件なのです。
したがって、私たちも成功するためには、いくつもの失敗をすることが不可欠なのです。
もちろん、何の備えもなく、努力もなく、失敗するべくしての失敗は論外ですが、新しい仕事や高度な仕事をする上での失敗は恐れるに足りません。
なぜなら、難しい仕事での失敗は、その原因を十分分析し、反省することで、次のステップに役立つからです。
実際にビジネスで成功するには、「失敗という階段を上り詰めたとこにある」からだと思うのです。


浅野総一郎
富山県氷見郡うまれた。
15歳から商売を始めたが、いくつも失敗したので、途中債権者からの追及を逃れるために大熊良三という名前を用いた。
1883年(明治16年)政府からセメント工場を払い下げてもらい、浅野セメントを設立。
当時、指南中の至難と言われたセメント事業を見事に成功させた。その後、各種の事業を行い、浅野財閥を築いた。




おしゃれな生活家電【プラスマイナスゼロ】
 


思考の整理学 (ちくま文庫)

思考の整理学 (ちくま文庫)

  • 作者: 外山 滋比古
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1986/04/24
  • メディア: 文庫



アマゾン書籍ランキング
アロマオイルプレゼント中!
 
posted by 元気が出るいい話 記録の細道 at 07:57| Comment(0) | 朝礼集 元気が出る話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

PING送信プラス by SEO対策

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。